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はじめに:歴史は繰り返す?2026年の投資家が知るべき「10.20」の記憶
投資を続けていると、避けて通れないのが「暴落」です。2024年8月5日に起きた過去最大の下げ幅(4,451円安)を経験した私たちにとって、1987年の暴落はもはや「昔の話」ではありません。
1987年10月20日、日経平均株価は**3,836.48円(-14.9%)**という、当時の史上最大の下落を記録しました。本記事では、この未曾有の事態を徹底解剖し、現代の資産形成に活かせるヒントを探ります。
1. 1987年10月20日の概要:その時、兜町で何が起きたのか?
衝撃の「前場ノー取引」
1987年10月19日(月)、ニューヨーク証券取引所でダウ平均株価が22.6%という驚異的な下落を記録しました。これがいわゆる「ブラックマンデー」です。
その衝撃波は翌10月20日(火)の東京市場を直撃しました。寄り付きから売り注文が殺到し、ほとんどの銘柄で買い手がつかない「全面売り気配」となります。日経平均採用銘柄の多くが取引成立せず、前場の段階では価格がつかないという異常事態に陥りました。
数字で見る「暗黒の火曜日」
- 下落幅: 3,836.48円
- 下落率: 14.90%
- 終値: 21,910.08円
- 状況: 225銘柄中、取引が成立したのはごくわずか。午後になってようやく価格がついた銘柄が続出しました。
2. なぜ暴落したのか?多角的な要因分析
この大暴落は、単一の理由ではなく、複数のリスクが「ドミノ倒し」のように連鎖した結果でした。
① 米国の「双子の赤字」と金利上昇不安
1980年代、米国は財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」に苦しんでいました。インフレを抑制するために米国の金利が上昇傾向にあり、「株から債券へ」という資金シフトが起きるのではないかという不安が世界中の投資家に広がっていました。
② ルーブル合意の崩壊懸念
1987年2月のルーブル合意により、ドル安阻止に向けた国際協調が行われていましたが、西ドイツの利上げなどをきっかけに「協調体制が崩れる」との観測が浮上。為替の不安定化が市場を冷やしました。
③ プログラム売買(コンピューター取引)の暴走
当時普及し始めた「ポートフォリオ・インシュアランス」などのコンピューターによる自動売買プログラムが、価格の下落を検知して一斉に売り注文を出したことで、下げが下げを呼ぶスパイラルが発生しました。これが現代のアルゴリズム取引の「副作用」の原点とも言えます。
④ 日本独自の要因:バブルの「高値警戒感」
当時の日本はバブル経済の入り口にあり、株価は割高な水準(PER60倍超など)にありました。そこへ米国のショックが「針」となって、膨らみすぎた風船を突き刺したのです。
3. 暴落後の日経平均:驚異の「V字回復」とその背景
多くの投資家が「これでバブルは終わりだ」と考えましたが、事態は意外な展開を見せます。
迅速な政府・日銀の対応
暴落翌日の10月21日、日経平均は一転して**2,037円高(+9.3%)**という過去最大の上げ幅を記録しました。
- 証券会社への要請: 大蔵省(当時)が大手証券会社に対し、株価を支えるよう「行政指導」に近い要請を行いました。
- NTT株の存在: 当時、政府は第2次NTT株の売り出しを控えており、市場を崩壊させるわけにはいかないという強い政治的意図がありました。
バブルの絶頂へ向かうカウントダウン
この1987年の暴落は、結果として「一時的な調整」に過ぎませんでした。
- 1988年: 暴落前の高値を更新。
- 1989年12月29日: 史上最高値 38,915.87円 を記録。
ブラックマンデーを乗り越えたことで、投資家の間には「株は暴落してもすぐに戻る」という根拠なき過信が生まれ、それが後の1990年以降のバブル崩壊をより悲惨なものにした側面もあります。
4. 1987年と2024・2025年を比較する
現在(2026年)の視点から振り返ると、1987年と直近の暴落には共通点と相違点があります。
| 項目 | 1987年 ブラックマンデー | 2024年 8月の暴落 |
| 下落率 | 14.9%(史上2位) | 12.4%(史上3位) |
| 主な要因 | 米国金利不安・プログラム売買 | 円高進行・日米金利差縮小 |
| その後の推移 | 数ヶ月でV字回復(バブルへ) | 数ヶ月で概ね回復(高値圏維持) |
| 情報の速さ | 電話と掲示板(タイムラグあり) | SNSとスマホ(即時拡散・パニック増幅) |
5. まとめ:ブラックマンデーの教訓を資産形成に活かす
- 暴落は「輸入」される: 米国市場の異変は、必ずと言っていいほど日本市場に(しかも増幅されて)やってくる。
- 需給と心理がすべて: 業績が良くても、コンピューターのアルゴリズムや「他人が売っているから」という心理が価格を決定する瞬間がある。
- 退場しないことが最大の戦略: 1987年の暴落でパニック売りして市場を去った人は、その後の「史上最高値」を享受できませんでした。
歴史の皮肉:
1987年の暴落時に「買い向かった」人は、わずか2年で資産を倍以上にしました。しかし、そこで「株は必ず戻る」と盲信した人は、1990年の本当の崩壊で逃げ遅れました。「一時的なショック」と「構造的な崩壊」を見極める目こそが、投資家には求められます。
最終判断はご自身で行ってください。
今回も読んでいただき、ありがとうございます。次の投稿で会いましょう
バイバイ

